事務所でミニ盆栽の話題について盛り上がり、少し興味を持った制作の坂本です。
ちなみに事務所内の平均年齢は、26歳です。
冬季五輪盛り上がってますね。昨日は、平野歩夢選手が銀メダルそして平岡卓選手が銅メダルをとりましたね。
平野選手は、冬季五輪の日本勢では史上最年少のメダリストになり、とても感動したと同時に倍近く生きている私は、まだまだ頑張らないといけないなと勇気付けられました。
オリンピックにちなみまして、最近聞いた感動したお話を書かせて頂きます。
1998年の長野オリンピック。
スキージャンプ団体。
日本は、岡部選手、船木選手、原田選手、斎藤選手の4人が参加。
前回のリレハンメル五輪で、日本は金メダルをとるだろうといわれていました。
しかし、原田選手の失速で無念の銀メダル。その時のメンバーに西方仁也選手もいました。
西方選手は、長野オリンピックで金を胸に頑張っていましたが、腰を痛めたため五輪候補からも外され、テストジャンパーとして来てくれないか?と話をもらいました。
テストジャンパーと言えば、ジャンプ台に問題がないか、安全性は大丈夫か等を事前に飛んで証明する役目。
西方選手にとって、とても屈辱だった仕事。それでも、西方選手は日本に金メダルをもたらすためにテストジャンパーとして参加をきめました。
競技当日は、オリンピック史上最大の悪天候。テストジャンパーたちは、競技が可能か朝から何度も飛び続けました。
その後、本番となり原田選手を含む4名が飛び、日本チームの1本目は、予想もしない4位という結果に。。
吹雪になり、競技は30分の中断し、なかなか天候は回復しなかった。このまま再開できなければ日本は4位で終わってメダルにも手が届かない。
しかも競技の再開を決めるのは、現在1位から4位までの上位国で不利な状況。1位のオーストラリアは、このまま中断となれば、1位。競技の結果、テストジャンパーに飛んでもらい競技続行か打ち切りかの判断をきめると決定。
テストジャンパーたちは、何としてでも日本に金メダルをと、視界不良、前が見えない恐怖の中、次々とジャンプした。
そして24人の全てのテストジャンパーが一人も失敗する事無く全員が見事成功。しかし審査員達は納得しなかった。
審査員達は、五輪で名前を残した西方選手を指名し、西方選手が安定した良いジャンプを見せれば競技続行と認めた。
重責の中、西方選手は五輪選手なみの123mK点を超える大ジャンプを見せて、競技続行が決定。
2本目は、テストジャンパーたちの想いを受け継いで、岡部選手137m、原田選手137m、斎藤選手124m、船木選手が125mと大ジャンプで見事日本が優勝。
また原田選手は、この時西方選手の紫のアンダーシャツを着ていたそうで、手袋は同期の葛西選手のもので「お前達と一緒に飛ぶんだ」という気持ちで飛んでいたそうです。
この話を聞いた時、私は表舞台の選手にしか注目していませんでしたが、金メダルの裏舞台でこのように裏で、大きな支えがあったのかと感動しました。
何事もオモテが合ってウラがあります。ウラがあるからオモテが輝きます。自分だけで育ってきたわけではありません。
支えてくれている人があるから、こうして今を生きていれます。そういった感謝の気持ちを忘れないように熱く熱く今を大切に全力で生きていかなければと、改めて感じた瞬間となりました。
この記事を書いた人 : 福岡・大分 ホームページ制作のエディス
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